日本経済新聞「人間発見」5/5

日本経済新聞「人間発見」シリーズの最終回です。
インカーブが誕生した直後(およそ23年前)は、日本での発表機会がなかったのでNYに渡りました。
その後、広告会社である電通の協力を得て、企業のCSR部門の方々を対象にした講演会を企画。
続いて、サントリーミュージアム[天保山]で初の展覧会を皮切りに、
国内の美術館で展覧会を開催したり、
国内外のアートフェアの参加し、昨年度までアートフェア東京に連続して出展しました。
また、厚生労働省や文部科学省、文化庁で発言の機会を得たり、
オリンピック・パラリンピックの文化委員をしたり、大学に顔をつっこんだりしています。
いまだに「これしたり、あれしたり」の状態です。
そろそろ本気で「閉じながら開く」ことを実行しなければば、と思っています。
インカーブの活動目標「閉じる90%、開く10%」の実現を本年度こそ!
ということで、日本経済新聞で5回に渡り、61年間の「わたし」をご紹介していただきました。
取材が一区切りついたあと、担当記者さんから
「この取材をもって退職します」というメールをいただきました。
おそらく、私と同じくらいの年齢か少し先輩だったと思います。
この取材が最後で本当によかったのかと思う一方で、
最後の取材にインカーブを選んでいただけたことに感謝の気持ちです。
心のこもった取材、ありがとうございました。
https://incurve.jp/news2024-/media_250324nikkei.html

日本経済新聞「人間発見」4/5

日本経済新聞「人間発見」の4回目は”エイヤッ!”の回です。
乃村工藝社に籍を置きながら無認可作業所を立ち上げ、社会福祉法人の認可をとり、
アトリエ インカーブ(現インカーブ)の活動をスタートさせ、そしてNYへ。
当時は、労働環境の質や生産性の向上なんて眼中になく、
長時間労働の是正や柔軟な働き方なんて毛頭なく、現代の働き方改革とは真逆のハタラキカタでした。ごめんなさい。
ただ、(こんなことを書くと行政系の友人から叱られますが)エイヤッ!て時期は、
こうでもしないと回らないのも事実なのです。きっと、今でもそうなんだと思います。
もし、エイヤッ!て機会が訪れたら、ぜひぜひエイヤッ!してください。
結果はどうあれ、それが悔いを残さない数少ない方法だと思います。
https://incurve.jp/news2024-/media_250324nikkei.html

新人鈴木の歓迎会!

今夜は、インカーブの新人鈴木の歓迎会!
たらふく焼肉食べて、たらふく飲んで、たらふく笑いました。
テーブルは狭かったけれど、このキューキューさが良いのです。
新人鈴木にパワハラモドキの一発芸を頼んだら、
セルフサービスの焼肉屋には似つかわしくない美しい曲を奏でてくれました。

日本経済新聞「人間発見」3/5

日本経済新聞「人間発見」の3回目です。
今回は22歳で乃村工藝社のデザイン部に入社し、30歳を超えた頃の休職を経て、
(大袈裟にいえば)急に人生が回り出したところまでを書いてくださっています。
写真に映る、何かを射るような目。
あぁ……恐い。若い。
https://incurve.jp/news2024-/media_250324nikkei.html

日本経済新聞「人間発見」2/5

先日に引き続き、日本経済新聞「人間発見」の2回目をご紹介させてください。
写真は、京都の壬生の自宅で撮った3歳のわたしとチビです。
小学校にあがる頃、両足の手術が失敗に終わり、その後の病院の冷淡な対応を経験して、
初めて大人(主治医や看護師)を疑い、憎く思いました。
その一方で、家族は真綿で包むように育ててくれました。
でも、そんな家族もひょんなことから離散し、
貧困、孤独を経て、食べていくために、デザインに興味を持ちました。
中学生の頃、美術教師に「デザインとはなんですか?」と聞いたら
「デザインとは整理整頓することですよ」と教えてくださいました。
そして、大人になって乃村工藝社のデザイン部に入社。
バブルに向かう1986年でした。
https://incurve.jp/news2024-/media_250324nikkei.html

前のページ 次のページページのトップ