サンタさんも入れ代わり

アーティストがいる「現場」だからこそ、
聞こえてくる協和的な言説も、不協和的な言説もあります。
その間で揺らぐスタッフもいれば、直立不動のスタッフもいたり。
サンタさんも入れ代わり、2016年のクリスマス会が終わりました。
IMG_2837

今年最後の長文です。
先日、東京藝術大学(教育原理)で講演を行いました。
3年連続で登壇させて頂いのですが、
今回は150名近い学生君、新進芸術家のみなさんが
集ってくださいました。感謝です、ありがとうございました。

2020年オリンピック・パラリンピックを見据えて
「障がいのあるアーティストの芸術表現活動」を
俯瞰的にお話させていただきました。
テーマは「アール・ブリュットのジレンマ
-引き裂かれた障がい者アート」です。

<善意>の名のもとで展開されているジレンマは
福祉だけではありません。芸術的な領域でもさまざまな
ジレンマを抱えています。そしてそのジレンマは政治家を
動かし国民にル−ルを課す法律に姿を変えようとしています。
しかしいまだに、そもそものアール・ブリュットに対する
議論が未整理・未理解のまま、さまざまなジレンマを
抱えこんでいます。
一方でオリパラの文化予算は、2020年にむけ
「障がいのあるアーティストの芸術表現活動」に投下を
予定しています。文化庁だけではなく厚生労働省も
相乗りした予算付けは、現代アートを凌ぐ勢いになる
ことでしょう。

そんな時流を意識して今回の芸大の講演では、
「アール・ブリュットと和製アール・ブリュット」に
照準を合わせて解説しました。
ジャン・デュブュッフェが創造したアール・ブリュットの
定義とな何か?を3名ほどの研究者の言説を援用。
ついで、私自身のアール・ブリュットの原点でもある
「シュバルの理想宮」でアートとデザインの違いについて
述べました(シュバルこそ、我がアール・ブリュット。
約20年前に出会った私のアートの原点です)。
講演の中盤では、社会福祉事業者・美術関係者
・国(厚生労働省、文化庁)・東京都の取り組みを
ピックアップし、それぞれの善意のジレンマが
障がいのあるアーティストの表現活動を、
いかに引き裂いているかを報告しました。

先述したようにこの分野への予算配分は大きく伸びています。
裾野は年々広がっています。
だからこそ、福祉・芸術をきちんと架橋させる必要があります。

このまま和製アール・ブリュットが一人歩きすると、
昭和の放浪の画家・山下清と同様に芸術領域から黙殺され、
葬られる恐れがあると思っています。
現段階では美術研究者から和製アール・ブリュットへの
定義付けはされていません。
黙殺が進行している証左ではないでしょうか。
加えて「障がい」「福祉」が絡む芸術である以上、
ポリティカルなパワーが付与されています。
要するに「障がいのあるアーティストの芸術表現活動」は、
「福祉と芸術と政治」を架橋しなければ、整理できない、
とんでもなく複雑系なのです。

さまざまなジレンマは、<善意>から発動したジレンマです。
右も左もみんな「よかれ」からスタートしたはずなのです。
しかし、私のもとへは、福祉事業者や美術研究者、国
・地方公共団体から和製アール・ブリュットの美術的齟齬を
指摘する声が集まっています。
加えて、社会福祉学研究者からは、
障がい者をラベリングする和製アール・ブリュットへの
嫌悪感も寄せられています。つまりそれは分断であり、
スティグマ付与だとする異議申し立てです。
ただ、既に和製アール・ブリュットの活動には、
沢山のアーティストやご父兄も参加されているのも事実です。
そして、喜びを享受されています。
いまさら梯子を外す(和製アール・ブリュットを一方的に
批判・否定すること)ことはできません。

その上で、さまざまなジレンマを解放する鍵は、
1.本物のアール・ブリュットに帰る
2.和製アール・ブリュットの定義をつくる
3.没交渉(和製アール・ブリュットとは関係を絶つ)
ではないか……と、芸大の講演では帰結させました。
その選択には、やはり「福祉と芸術と政治」でフラットな
対話が必要ですね。
「よかれ」の善意のなかにも小異はあります。
でも「障がいのあるアーティストの為に」で繋がった
人と団体なら、小異を捨てて、
障がいのあるアーティストの為に知恵を出せるはず、です。
対抗でも排除でもない、
大きな乗り物はつくれないものでしょうか。
サバイブしたくてもできないアーティストがいることを忘れずに。
年が明けたら、みなさんで考えていきたいと思います。
IMG_9642IMG_9609

そろそろ今年も終わりかけ

いつものメンバーで、
いつもの一年だったことが何よりの幸せです。
インカーブスタッフの忘年会もいつものように。
大難が小難で終わりそうです。
みんな、ありがとう。
15621596_1212749005470576_942535992738451434_n

東亨の展覧会

批評者である前に制作者であること。
机上で語る前に現場で語ること。
歳を重ねるたびに「現場が基本」ってことです。

拾ってきたブリキを折り曲げながら、
インカーブのアーティストの立ち振る舞いがラップしたり、言葉が巡ったり。
そんな制作過程があったようです。
インカーブスタッフの東亨が東京で展覧会を行います。
お時間があれば見てやってください。
http://incurve.jp/about/staff_azuma.html

◉『作用展』@OUTBOUND/吉祥寺
12月21日~1月16日
http://outbound.to/news/
参加予定作家
井藤昌志 柏木圭 金森正起 熊谷幸治 杉田明彦
須田二郎 冨沢恭子 森田春菜 廣谷ゆかり 福井守
山崎大造 横内みえ 渡辺隆之 渡辺遼 東亨

◉『生活工芸と作用』@la kagu/神楽坂
1月18日~2月15日
http://www.lakagu.com/
http://www.kogei-seika.jp/blog/seika/201612.html
la kaguは新潮社の元倉庫を隈研吾事務所がリノベーション
しました。
出展ギャラリー
ギャルリももぐさ(岐阜)gallery yamahon(三重)OUTBOUND(東京)Gallery SU(東京)

◉『工芸青花』
http://www.kogei-seika.jp/
新潮社の『工芸青花』7号(1月発売)でOUTBOUND店主の
小林和人さんに作品をご紹介いただく予定です。
編集長の菅野康晴さんは「芸術新潮」や「とんぼの本シリーズ」を企画されました。
http://dotplace.jp/archives/14592

これに合わせて、OUTBOUNDの個展が早まり、
4月を予定しています。
azuma1azuma

3人共通の違和感と乗り込む船

俳優の東ちづるさんと日本財団の竹村利道さんがインカーブに来られました。
オフィシャルなことからプライベートなことまで、たくさんのお話をしました。
夜会を含めると、なんと計7時間!仕事話だけならこんなに時間はかかりません。
3人が共通する「違和感」があったので、話し続けました。
具体的違和感は「障がい者の芸術表現をカテゴライズする」
政治体制(国・地方公共団体)であり、福祉事業者・美術研究者の
「偏った思想と運動と組織」です。
3人の帰結は、偏った思想と運動と組織に「対抗」するのではなく
「対話」できる存在をつくること。
そして、3人がそれぞれ所属する2020年オリパラ組織委員会や
厚労省&文化庁の懇談会・東京都のアール・ブリュット委員会・省庁の
様々な会議・加えてシンポ等で意見を表明することです。
2人から同様の意見を表明したいと人は「たくさんいる」とお伺いしました。
そんな人は偏った組織の中にも実はいる、とも。
また、厚労省や文化庁の職員から私に「たくさんいる」と連絡がはいります。
先日の京都と横浜で行われた「障害者の表現芸術を考える」国際シンポでも
米国から「和製(つまりガラパゴス化された)アール・ブリュット」は
嘲笑されていました。
2020年にむけ、日本の文化と福祉が試されています。
インクルーシブな評価(障がい者の表現を囲い込むのではなく、
普通に、あたりまえに世に問うこと)を示す必要があります。
いま「偏った思想と運動と組織」に「対話」できる組織を早急に
つくらなければならないと感じています。
対話するためのコンテンツを作るには、「見慣れた人」で
「福祉や芸術(平面)分野の人」だけでは難しいでしょう。
それでは「偏った思想と運動と組織」が対話してくれそうにありませし、
「対決」することになりかねません。
そこで、「見慣れない人」を中心に隣接領域(例えば医学や科学・政治学
・経済学などの学問部門と広告・演劇・デザインなど実部門)から
「障がい者の芸術表現」を考え、言葉として紡いでいく必要があると考えます。
ポイントは「対決」ではなく「対話」です。
「対話」しても無理なら?その時に考えましょう。
まずは来年早々に東さんと竹村さんを交え「対話」できる船の設計図を描きます。
その船はインカーブのものでも、お2人の私利私欲のものでもありません。
悔いを残したまま2020年を迎えないようにザ・クサノネ的運動を
興していきたいと思います。
設計図がUPしたらご報告します。
そして船が完成したら、ぜひ乗り込んでください!
15170990_1183621641716646_1152468998736207428_n

前のページ 次のページページのトップ