「弱い人が集まっても弱いチームになるだけだよ」と言われたことがあります
……本当にそうでしょうか?
私たちの一生は、子どもの頃の環境や経験だけで100%確定されると、
まことしやかにささやかれています。でも、私は違うと思うのです。
約2年ぶりに書いた『なぜ「弱い」チームがうまくいくのか -守り・守られる働き方のすすめ-』
(晶文社)は、我欲まみれのチームをつくるために書いたものではありません。
チーム内で優劣をつけ、順位を競って成り上がった人が勝者、なんてことも書いてありません。
イロやカタチをカッコよくまとめるノウハウは他書にゆずります。
あくまで「多様な人と多様なチーム」をつくり、
「依存」しあいっこする「ダイバーシティ」を実現するために書きました。
今日は、少しだけ「はじめに」を紹介させてください。といっても長文なのでお時間が許すときにでも。
「その先を読みたい……」と言ってくださる私と相性の良いひとは
お近くの本屋さん(4月27日頃に全国発売)かAmazonでご予約を(笑)。
厚かましくて、すみません。
https://www.amazon.co.jp/dp/4794973101

「自立できないと大人じゃない。なんて、子どもの頃から刷り込まれていませんか?
そもそも、1人で自立はできませんし、大人になることはできません。人間は弱いのです。
極論すれば、強い人は生き残れません。なぜって?それって不思議ですか?
でも、よく考えてみてください。
あなたは、強い人を助けようと思いますか?自ら危険を冒してまで助けに行くわけないですよね。
なんといっても、相手は強い人なんですから、自分でなんとかするでしょう。
きっと、あなたはそう思うはずです。ですから、弱くなくっちゃ生き残れないのです。
弱いからチームを組んで生き延びようとするわけです。」
————「序章では、縦糸となる、私が考えるソーシャルデザインのエッセンスを書きます。
私たちの一生は、子どもの頃の環境や経験だけで100%確定されると、
まことしやかにささやかれていますが、決してそうではありません。
私はその思い込みを否定します。
目的のために自発的に結びつき、協働しながらも、度が過ぎた干渉はしないギルド的チーム
(生活共同体)と公憤(正義感から湧きあがる公共のための怒り)があれば人生はいかようにも変わる。
それらを駆動させる最大のエンジンがソーシャルデザインというわけです。
第1章では、チームをつくる『弱い人』に注目します。
チームは、個人が有機的につながらなければ機能しません。
つながるには個に『弱さ』が欲しいのです。あなたが弱く矛盾した存在だから、
矛盾した社会で生き延びることができる。
そんな事実に納得していただこうと思います。
第2章は、『多様性』のあるチームづくりに必要なこと、またそれを接続させる手がかりを求めます。
私たちの脳は、大きすぎず小さすぎないメンバー数が気持ちいいようです。
くわえてメンバーの属性は、統一されずバラツキのあるほうがいい。
つながり過ぎると協働はできませんから。
能力のバラついたメンバーに依存することを本書では『自立』と名付けました。
第3章では、うまくいかないチームを再浮上させるチーム論を述べます。
そのポイントは、衝突するものや矛盾するものをチームの『中心』に置くことです。
理性や知性、分別でそれを排除するチームは、いずれ壊れます。
コミュニケーション下手な一匹狼も大切な戦力なのです。
一方で、チーム内で衝突し矛盾するあなたを誰もが助けなければならないというのは言い過ぎです。
助けたいと思ったら助けたらいいし、できない事情があるなら無理しなくてもいい。
誰もがいつでもタフなわけではありません。
第4章は、リーダーにとって大事なことを考えます。
今起こっている状況に合わせて、今この場でどう感じるか。
直感を大切にする柔軟性があれば、リーダーに『天性の能力』は必要ないことをお伝えします。
傲慢だし、嘘をつくし、怒るし、天性の能力がない私がリーダーになれるのですから、
きっと説得力があるはずです。
第5章では、バラつきを是とする共生社会(つまり、多様性のある社会)で
リーダーとメンバーが為なすべきことを書きました。
リーダーは、仕事の価値観や守るべき道徳観を示す人。
メンバーはリーダーと同じ価値観や道徳観をもてる人です。両者が組めば大概のことは為せます。
為せないのは組み合わせが悪いからです。時折はさむコラムでは、
ソーシャルデザインの原点をつくったデザイナーや経済学者、
チームを思想的に支える宗教(仏教)をピックアップしたいと思います。」
チームのこと、弱さのこと、リーダーのことを200頁ほど書きました。
ご笑覧いただければ嬉しいです。
